宮本百合子

人間が極く原始な集団生活を営んでいた頃、そこにどんな恋愛と結婚のモラルがあり、家庭のしきたりという考えが存在していたろう。女も男も獣の皮か木の葉をかけて、極く短い綴りの言葉を合図にして穴居生活を営んでいる時代に、原始男女の世界は彼等の遠目のきく肉眼で見渡せる地平線が世界というものの限界であった。人類によって理解され征服されていなかった自然の中には、様々のおそろしい、美しい、そしてうち勝ち難い力が存在していて、嵐も雹も虹もそこに神として現れたし、彼等の体を温めたり獣の肉をあぶったりする火さえもその火が怒れば人間を焼き亡す力を持っている意味で、やはり神であった。神や魔力は水の中にさえもあった。あんなに静かに流れ、手ですくっておいしく飲めるその水が、天からどうどうと降りそそげば、彼等の穴ぐらは時々くずれたり狩に行けないために飢えなければならない時さえあった。